舞台で踊る・間違えたかどうかは重要ではない

お稽古していても、先ずはあらすじ(流れ)を掴んでほしいと指導していても、
“先生と(動きが)違う”
と自分から止まってしまう人がいます。
教える方としては、細かいところはあとにして、とにかく間を掴んでほしい、流れを知ってほしいと思っています。
それだけでなく、ひとつひとつの技術に固執して立ち止まる癖をつけてほしくない、と思うのです。
この癖があると、舞台上でも少しでも間違えると”ダメだ!”と止まってしまうことがあるのです。

私は若い頃、「間違えた!」と叫んで舞台を引っ込んでしまった人を目撃したことがあります。
結構半ばまで踊っていたのに、また最初から曲をかけて再登場。
同じ曲を同じ人で2度見ることになり、非常に嫌な気持ちになりました。

こうならないために、少しくらい間違えても何とか続ける、続けようとする努力、習慣を普段からつけたいと思います。
間違ったなりに何とか次に繋げるには、流れを理解することが重要です。

プロの表現としては、勿論間違えるかどうかが問題ではなく、表現として成立させる、ということです。
昔、演技の勉強をしていた時、とても印象的なお話がありました。
ある役者さんが舞台で蝋燭の火の近くで手紙を読むというシーンで、誤って手紙に火がつき、燃えてしまったそうです。
それは勿論アクシデントではあるのですが、その役者さんは、その役のまま
「っ、、勿体無いことをいたしましたー」
と言ったとか。
これこそ本当のアドリブである、と。

そんな次元には遠く及ばないかも知れませんが、間違っても素に戻って笑ったりしてはいけない、と思うのです。
それまでの曲の雰囲気を壊し、自分の演技を途切れさせ、他に一緒に踊る相手があれば、相手にも多大な迷惑がかかります。

先日、ある舞台を見に来てくれたお弟子さんは、ある出演者がカッコいい男役の踊りを踊る中、お扇子を取り損なって落としたのですが、粋な手捌きで男らしくスッと膝をついてお扇子を取った、とてもカッコよかった、と感想を述べました。

また、大勢で踊る中、間違えた人の横にいたもう1人が笑って、間違えた人より笑った人に目がいった、とも話してくれました。

観客にとって振りを間違えたかどうかは重要ではありません。
そんな”些細な”ことで舞台を台無しにする方が損な話です。

ひとつひとつの技を羅列するのではなく、自分なりにイメージを持って、点を線にしていく。
ちゃんとイメージを持って表現できていれば、観客は納得できますし、何より本人が楽しい。

できない、できないとばかり悩まずに、自分なりに楽しめる踊りを、舞台を
体験してほしいと願っています。

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千翠珠煌
13歳よりアクションクラブに8年在籍。 19歳より日舞(古典・新舞踊)を始め、師範名取を経て1998年独立。 創作舞踊公演、舞踊指導等。 2017年千翠流舞を発足、国内外問わず舞踊ショー・イベントなどの活動をしている。