親の死に向き合う

私事ではありますが、先日父が亡くなりました。
大した病気もなく当日午前中に一人で散歩を30分こなし、三食きちんと食べ、夜ベッドの上で亡くなっていました。
享年95歳。
側から見れば大往生ですが、連れ合いである母は、
「100歳まで生きるって言ってたのに」
と不満そうでした。
救急搬送された病院に兄弟3人とそれぞれの連れ合いが集合しました。
私は第一子でかなり自由な生き方をしたため、父とは激しく対立したことも多々あって、突然終わってしまった父の人生をどう捉えればいいのかと考えたりしていました。
一番下の妹は涙ぐんでいたので、同じ家庭内の兄弟でも親子の関係性は違ったのかもしれない、と思います。
19歳からお見合いをさせられて、それでも好き勝手して、そんな私に
「年食った女なんて、捻くれちゃってどうしようもないんだから!」
と言い放ったことをいまだに笑覚えています。
私は29歳で結婚しましたが、妹はお見合いもすることなく30代後半で結婚したので、私が戦った分妹には被害がいかなかったのかもしれません笑
まぁ私も結婚したとは言え、現在の私の生き方も父には理解されてはいないというか、心配されてはいたと思うので、親不孝と言えば親不孝かも笑

今日は初めて”湯灌”の儀式に立ち会いました。
遺体を清め、旅支度をする作業ですが、私も教えていただきながら、顔を拭う作業をしました。
穏やかな顔を見ていると、涙が込み上げ、自分でもどうして泣いているのかわからず、戸惑ってしまいました。
もう面と向かって文句も言えず、終わったんだ。
ちょっとだけ、ずるいなぁと思ったり笑
いつも対等に言い合っていたので、かなり可愛げない娘だったと思うのですが。
それでも親子なんだ、嫌だなぁ。
人生楽しかったのかな。
文句言っても憎めない、返事しないで逝ってしまったの、ずるいなぁ、と。
わんわん泣くほどではないんですが。
なんだか繰り返し同じことを思っています。

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千翠珠煌
13歳よりアクションクラブに8年在籍。 19歳より日舞(古典・新舞踊)を始め、師範名取を経て1998年独立。 創作舞踊公演、舞踊指導等。 2017年千翠流舞を発足、国内外問わず舞踊ショー・イベントなどの活動をしている。